本日、コンビニの駐車場の目の前(もはや駐車場ではない)に現行型のBMWのZ4を駐車して踏ん反り返っている者がいた。

おそらく、頑張って購入した、渾身の財産なので自慢したいのだろう。

しかし、本人の「みんなに認められたい」という自己掲示欲や、承認欲求や、劣等感が裏返った優越感から来た願望は尽く裏切られ、それを見た他のお客さん達は『なにこいつ』や『きも』『死ね』である。

しかし当の本人はその願望が叶ったと思い込み、仮装の優越感に浸りながら店を後にして行った訳だ。

ここで、日本の古くから伝わる美しいことわざを思い出す。

「みのるほどこうべをたれるいなほかな」

これは言うまでもなく、地位が高くなったりすれば、一歩下がったり、後の者に道を譲ったりする余裕がある強者の例えである。

また、高い車や財産を多く持っている者程、心に余裕がなければ本当に実っているとは言えず、泳がされている状態である。

この美学をわきまえていなければ、どんなに所得が増えようが、どんなに頑張ってローンで車を買ったとしても、それは輝くどころか、他人を不快にさせるゴミでしかなくなってしまい、いうなれば豚に真珠である。

本来気高く実った者は、財産や車、その様な物はそれに見合った物を所有する事は悪い事ではない。

気高く実った者は、そうでない者に対して心の余裕や、気高さを見せつけて、同じく気高く実らせる為の聖なる財産でなければならないのだが、それが今の日本では、たんに奢り昂る為だけのステータスアイテムになってしまっている。

ゆえに他人の振りを見て、我が振りも身嗜みも正して行きたいものである。

みのる、みのらないにせよ、これには最新の注意が必要である。

しかし、それを正した者が本当に実った者であろう。

本当に実るというのは、心の問題であり、財産や物は後からついて来たり、別について来なかったりするものであり、死後、神にどの様に判決が言い渡されるかが最も重要である。

何をもってみのるか、それは個々の問題である。


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