だいたい一般的には教師は嫌われている。

そうでない教師もたくさんいるが、基本的には学問というのは意味不明で堅苦しく、社会に出てから半分も使わない為に、単なるめんどくさいおっさんの為の学問だと思われている。

そんな風貌の人が聖書が真実だと言ったとしても、耳をかす者はマニアックな者達だけである。

しかし私の様な例外の風貌の男が、平面モデルの論理と宇宙がないエビデンスと共に聖書が歴史と掟の書物であると常々言えば、過去に耳をかさなかった人が目覚める事もあろう。

様々なアプローチと入り口が用意されている。

目覚めたら口伝いに広がっていくのだろう。


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