聖書を読むと色々排除したくなる。

そんでほとんど排除するしなければならない所まで行き着く。

もうこんな世の中つまらない、生きて行くのは不可能、喜びも、楽しみも、全てが悪に感じて来る。

あいつも悪人、こいつも悪人、これは毒だ、これも食べてはいけない、全ては悪魔の所業だ。

しかし我々はこんな悪魔の世界で生きなければならず、悪魔と縁を切る事さえ不可能だ。

物理的に、生物学的に、精神的に、全てにおいて不可能だ。

生きて行く為には悪魔との関わりは必須であり、それは神への冒涜ではないかと考える。

しかし、主、イエスキリストは、そういう事はご存知であろう。

我々が、悪魔と縁を切る事が出来ない事くらい想定内である。

そんな事は罪ではない、そう仰っているに違いない。

この地上で生きて行く上で、罪と犠牲は避け得ない。

だとしたら、最も我々に必要なのは「謙遜」である。

この、「謙遜」こそが、悪魔との関わりを切れないこの地上で生きて行く為の盾であり、救いである。

まさに、謙遜するべきである。


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