競争は無意味だ。
しかしこの世は競争で溢れている。
全ての物にランクが付けられ、勝敗が決められる。
おそらく我々は、様々な陰謀論や世界の球体説を暴いたつもりになっているが、それはもしかすると本当の真実の目眩しかもしれない。
いや、確かにそうだろう。
ネット上では、我が我がと知識や影響力の競い合いをしている。
それが真実の事であろうと、人に役立つ知恵だろうと、競争には変わりない。
なにゆえ、真実の為に競争をするのだろうか、それはもはや真実では無く、虚栄心である。
私は真実の真実と、知恵の知恵を見つけたい。
私が求めるものは、真理の真理、核の核である。
我々は、競争心の漬物であり、この世界はその味噌か塩のタルの中の様なものだ。
その樽の中にいれば、自分が漬物なのかさえわからない、また、その樽の中に入っている物は味噌か塩なのかも分からない。何故なら既に自分自身が漬物であり、樽の中身と同化しているゆえに、違いや差が分からないのだ。
しかし、確かにこの世間を見るところ、皆の者競争しているではないか。
スポーツ、芸能、自己実現の競争、そして、真実を語る競争。
まさに、真実を知った気で、真実をもって競争をするのであれば、まだスポーツで競争している方が幾らかマジであり、それならば真実の様な事すら知らない方が清い。
だが彼らにそれを説いたところで眠りからは冷めないだろう。
眠りから覚める事が出来るのは、ほんのわずかな一握りの人だけである。
社会を見る限り、それが実態なのだ。
真実の真実、真理の真理は、この世の漬物から抜け出す事であり、影響力競争をしている場合でもない。
そんなことをしているのは無様である。